チベットの空ドン太飛び行く、17頁
Flying Donta In The Tibetan Sky page17
ようやくチベット第二の町、シガツェにたどり着きました。チベットの町はどこもお寺が立派です。門前町って言うのかな。チベット人たちはとても信心深い人たちです。
僕たちはそれぞれに次のキャラバンのための準備、買い出しに回りました。シガツェを過ぎるともう当分買い物ができそうな町は無さそうです。
ちなみに右下の絵ですが、当時(今は知らない)中国では糧票、と言う政府発行の食券みたいな紙が無いと米とか買えなかったんです。まぁ、、、買えましたけど。
ようやくチベット第二の町、シガツェにたどり着きました。チベットの町はどこもお寺が立派です。門前町って言うのかな。チベット人たちはとても信心深い人たちです。僕たちはそれぞれに次のキャラバンのための準備、買い出しに回りました。シガツェを過ぎるともう当分買い物ができそうな町は無さそうです。
ちなみに右下の絵ですが、当時(今は知らない)中国では糧票、と言う政府発行の食券みたいな紙が無いと米とか買えなかったんです。まぁ、、、買えましたけど。
チベットの空ドン太飛び行く 16頁
Flying Donta In The Tibetan Sky page.8
ヤクさんとピエロがバイクに乗ってやって来ました。ヤクさんはウラさん一家のお友達。ここで偶然の再会です。一旦は帰ったんだけど、翌日中国製のちゃりんここいでやって来ました。いい人だけどとっても気の短い人でした。
ヤクさんとピエロがバイクに乗ってやって来ました。ヤクさんはウラさん一家のお友達。ここで偶然の再会です。一旦は帰ったんだけど、翌日中国製のちゃりんここいでやって来ました。いい人だけどとっても気の短い人でした。
チベットの空ドン太飛び行く 15頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.15
そして夜になるとチベタンの人だかりに取り囲まれて食事です。アガシマさんはすごいです。チベットで毎朝ひげそってるし、毎晩水浴びしてました。僕らはダウンジャケット来てブルブル震えてるのに・・・
夜も更けてチベタンたちも家に帰るとようやく僕たちもリラックスしてスモーキングタイム。前にも書いたけど、大麻なんてまぁ、お酒と同等に考えていい程度の物です。日本のマスコミは騒ぎ過ぎです。ぼくはマリファナ解放運動やってるわけではないですけどね。ただの私見です。読み流してください。
だけどね、この漫画を以前アメリカ人に見せたことがあるんだけど、「マリファナのことが書いてあるとアメリカでは出版できないと思う」と言われました。日本には一応「言論の自由」ってのがあって、「マリファナハイ」なんて本でも平気で出版されるけど。
自由の国アメリカ、ってよく言うけど、例えばイラク攻撃前あたりのアメリカでは、イマジンが放送禁止になっていたとか。ジャネットジャクソンがテレビでおっぱいポロリ事件で大騒ぎされたり、、、アメリカって全然自由じゃないんだな、って最近感じます。
そして夜になるとチベタンの人だかりに取り囲まれて食事です。アガシマさんはすごいです。チベットで毎朝ひげそってるし、毎晩水浴びしてました。僕らはダウンジャケット来てブルブル震えてるのに・・・夜も更けてチベタンたちも家に帰るとようやく僕たちもリラックスしてスモーキングタイム。前にも書いたけど、大麻なんてまぁ、お酒と同等に考えていい程度の物です。日本のマスコミは騒ぎ過ぎです。ぼくはマリファナ解放運動やってるわけではないですけどね。ただの私見です。読み流してください。
だけどね、この漫画を以前アメリカ人に見せたことがあるんだけど、「マリファナのことが書いてあるとアメリカでは出版できないと思う」と言われました。日本には一応「言論の自由」ってのがあって、「マリファナハイ」なんて本でも平気で出版されるけど。
自由の国アメリカ、ってよく言うけど、例えばイラク攻撃前あたりのアメリカでは、イマジンが放送禁止になっていたとか。ジャネットジャクソンがテレビでおっぱいポロリ事件で大騒ぎされたり、、、アメリカって全然自由じゃないんだな、って最近感じます。
チベットの空ドン太飛び行く 14頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.14
ま、このキャラバンの一日、ってこんな感じだったんですね。陽が昇って暖かくなり始めるとようやく起き出して朝ご飯食べて出発して、のんびりと歩いて夕方、チベタンの村を避けてキャンプするんだけど必ず彼らは現れる。あわてて荷物を隠す。一日の行程はだいたい20〜25キロくらいでしたね。ゆっくりしたもんです。
ま、このキャラバンの一日、ってこんな感じだったんですね。陽が昇って暖かくなり始めるとようやく起き出して朝ご飯食べて出発して、のんびりと歩いて夕方、チベタンの村を避けてキャンプするんだけど必ず彼らは現れる。あわてて荷物を隠す。一日の行程はだいたい20〜25キロくらいでしたね。ゆっくりしたもんです。
チベットの空ドン太飛び行く、13頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.13
さてここで再びアガシマさん登場。彼は僕たちの二日間の行程を一日で歩いて来ました。アガシマさんの足が速いのか、僕たちが遅いのか? 彼の荷物はスーパーのレジ袋が二つだけ。ベテランの旅行者です。
夜になるとキャンプです。キャンプしてるとどこからとも無くチベット人たちが集まって来ます。僕たちが珍しいんですね。村人たちの歓迎が嬉しくて、歌を歌ったりして夜遅くまで遊んでいました。
だけど翌日明るくなって荷物をまとめ始めると、なんかいろんなものが無くなってるんですね(汗“) それからもう、チベット人が恐怖です。昼間歩いてて夕方になるとキャンプ地を探すんだけど、絶対にチベタンに見つからないように、と細心の注意を払いました。
それでもやっぱり見つかってしまうんです。そして毎晩黒山の人だかりにとり囲まれて、食事を作る。もう一緒に歌なんか歌ってる余裕はありません。物を盗られないように、こちらも必死でした。
さてここで再びアガシマさん登場。彼は僕たちの二日間の行程を一日で歩いて来ました。アガシマさんの足が速いのか、僕たちが遅いのか? 彼の荷物はスーパーのレジ袋が二つだけ。ベテランの旅行者です。夜になるとキャンプです。キャンプしてるとどこからとも無くチベット人たちが集まって来ます。僕たちが珍しいんですね。村人たちの歓迎が嬉しくて、歌を歌ったりして夜遅くまで遊んでいました。
だけど翌日明るくなって荷物をまとめ始めると、なんかいろんなものが無くなってるんですね(汗“) それからもう、チベット人が恐怖です。昼間歩いてて夕方になるとキャンプ地を探すんだけど、絶対にチベタンに見つからないように、と細心の注意を払いました。
それでもやっぱり見つかってしまうんです。そして毎晩黒山の人だかりにとり囲まれて、食事を作る。もう一緒に歌なんか歌ってる余裕はありません。物を盗られないように、こちらも必死でした。
ハイチの子供支援チャリティコンサート
Save the children! 届けよう心の支援!ハイチの子ども支援チャリティコンサートを開催します。
今回の地震で大勢の子どもたちが犠牲になり、人身売買も横行しています。
少しでも、何かの役に立てたら…そんな思いで、急きょ決定しました。
みんなでこころを届けよう!
日時/2月20日(土)13:00〜 17:00
池田町創造館/入場無料(ハイチ支援のドネーションをお願い致します)
みなさまからの募金はユニセフを通しハイチの子どもたちの支援に役立てられます。
☆チャリティコンサート出演ミュージシャン:負けズ犬@シン、舞&ダブルファンタジー、赤沼千史、ますみ(三線)、チャーリー宮本他
☆チャリティバザール(フリーマーケット)
出店者募集中!収益金の募金をお願い致します。
☆祈りのキャンドルセレモニー
キャンドルヨーガでおなじみcandle Mackey(西牧さん)のろうそくでのセレモニー
☆日本の子ども達から、ハイチの子ども達への愛のメッセージ
お問合せ、お申し込みは/0261-62-0256(ミヤモト)
e-mailはtamichant@gmail.com
ゆくりりっく、クリスマスライブ決定!
ゆくりりっくのクリスマスライブが決定しました。
12月25日。松本市民芸術館主ホール。
1800人収容の大ホールです。詳細はまた決まり次第お知らせします。
とりあえず予定空けといてねー!
12月25日。松本市民芸術館主ホール。
1800人収容の大ホールです。詳細はまた決まり次第お知らせします。
とりあえず予定空けといてねー!
チベットの空ドン太飛び行く、12頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.12
そしてさっそくタローの初逃亡!その後何回逃亡を繰り返したことか。 嫌だったんでしょうね、このよく分からん日本人たち。みんなロバなんか飼ったこと無いし、扱いも慣れないし。なかなか言うこと聴いてくれなかったです。
そしてさっそくタローの初逃亡!その後何回逃亡を繰り返したことか。 嫌だったんでしょうね、このよく分からん日本人たち。みんなロバなんか飼ったこと無いし、扱いも慣れないし。なかなか言うこと聴いてくれなかったです。
チベットの空ドン太飛び行く 11頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.11
さて、いよいよタロー・キャラバンが始まりました。始めは火をおこすのにも苦労しました。なんと言ってもチベットの4000mの高地です。酸素が薄いんです。吹いても吹いても火が燃え上がってくれない。ようやく何とか夕ご飯にありつけたのは11時頃でした。
さて、いよいよタロー・キャラバンが始まりました。始めは火をおこすのにも苦労しました。なんと言ってもチベットの4000mの高地です。酸素が薄いんです。吹いても吹いても火が燃え上がってくれない。ようやく何とか夕ご飯にありつけたのは11時頃でした。
チベットの空ドン太飛び行く 10頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.10
さっそく川で魚捕りの網を試してみましたが、、、、何でこんなことして魚が捕れると思ったんですかね? チベットの冷たい川に入って魚は一匹も捕れず、ガタガタ震えていると、それを見ていたチベタンの河川工事人夫さんが家に招いてくれました。ストーブにあたってアルコールで中から暖まって、おまけに干し肉まで頂いてしまいました。チベット人は優しいです。
さっそく川で魚捕りの網を試してみましたが、、、、何でこんなことして魚が捕れると思ったんですかね? チベットの冷たい川に入って魚は一匹も捕れず、ガタガタ震えていると、それを見ていたチベタンの河川工事人夫さんが家に招いてくれました。ストーブにあたってアルコールで中から暖まって、おまけに干し肉まで頂いてしまいました。チベット人は優しいです。
チベットの空ドン太飛び行く 9頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.9
そんなわけで人が出会ったらとりあえず大麻を吸う。いわゆるマリファナですね。日本ではこれはもう覚せい剤と同等の扱い。身を滅ぼす麻薬のイメージが強いけど、実際のところはまぁ、酒と同程度に扱われていい程のものです。諸外国でも多かれ少なかれそんなもんです。ぼくは賛成も反対もしません。ただひとつ言えること。大麻の一番の害は、それが非合法だ、ということだと思います。つまり、非合法なものを嗜好するってのは、精神的にとてもストレスだし、捕まれば家族にまで迷惑が及びます。
ってな話はさておき、アガシマさんに見送られて、僕たちはギャンツェを出発しました。
そんなわけで人が出会ったらとりあえず大麻を吸う。いわゆるマリファナですね。日本ではこれはもう覚せい剤と同等の扱い。身を滅ぼす麻薬のイメージが強いけど、実際のところはまぁ、酒と同程度に扱われていい程のものです。諸外国でも多かれ少なかれそんなもんです。ぼくは賛成も反対もしません。ただひとつ言えること。大麻の一番の害は、それが非合法だ、ということだと思います。つまり、非合法なものを嗜好するってのは、精神的にとてもストレスだし、捕まれば家族にまで迷惑が及びます。ってな話はさておき、アガシマさんに見送られて、僕たちはギャンツェを出発しました。
チベットの空ドン太飛び行く 8頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.8
ここ、ギャンツェは当時、チベット第三の町でした。第三、って言ったって、町の端から端まで歩いて5分くらいだったかなぁ? いくつかの商店と食堂が並んでるくらいで、一番目立ったのはやっぱりお寺ですね。左の絵の一番奥に見えるのがお寺です。
僕たちはロバのタローと一緒に旅をするための準備に取りかかりました。途中はずっとキャンプしなければならないので、この町で主に食材をそろえました。
チベット人たちは宗教上の理由から魚を食べない。つまり、大きな生き物も小さな生き物も、そこに宿っている魂は一つだから、同じ殺すなら大きな生き物を殺した方が大勢の人が食べられる。少しでも殺生を避けよう、ということなんですね。ぼくはちゃりんこの旅の途中、小さな川に30センチほどのマスが手づかみできそうなくらいに泳いでいるのを見ました。これを捕まえて食ってれば食べ物には困らないぞ、ってことで、みんなでひもを編んで魚捕る網を作りました。
そこへアガシマさんが登場。部屋の入り口で固まってましたね、あまりにも汚くて。僕たちの居た部屋はドミトリー(相部屋)だったので、彼も僕たちと同室することになったんです。
ここ、ギャンツェは当時、チベット第三の町でした。第三、って言ったって、町の端から端まで歩いて5分くらいだったかなぁ? いくつかの商店と食堂が並んでるくらいで、一番目立ったのはやっぱりお寺ですね。左の絵の一番奥に見えるのがお寺です。僕たちはロバのタローと一緒に旅をするための準備に取りかかりました。途中はずっとキャンプしなければならないので、この町で主に食材をそろえました。
チベット人たちは宗教上の理由から魚を食べない。つまり、大きな生き物も小さな生き物も、そこに宿っている魂は一つだから、同じ殺すなら大きな生き物を殺した方が大勢の人が食べられる。少しでも殺生を避けよう、ということなんですね。ぼくはちゃりんこの旅の途中、小さな川に30センチほどのマスが手づかみできそうなくらいに泳いでいるのを見ました。これを捕まえて食ってれば食べ物には困らないぞ、ってことで、みんなでひもを編んで魚捕る網を作りました。
そこへアガシマさんが登場。部屋の入り口で固まってましたね、あまりにも汚くて。僕たちの居た部屋はドミトリー(相部屋)だったので、彼も僕たちと同室することになったんです。
チベットの空ドン太飛び行く 7頁
チベットの空ドン太飛び行く 6頁
チベットの空ドン太飛び行く 5頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.5
ラサからギャンツェまでの道のりは辛かった。未舗装のひどいソロバン道路、乾ききった土ぼこり。ギャンツエにたどり着いたときにはもうすっかり自転車の旅にうんざりしていました。そしてそこで、この二人にまた再会。彼らはバスで先に着いていたんです。そしてなんとアサさんはロバを連れていた。アサさんの案に便乗してぼくも一緒に旅することにしました。
そう、このロバがこの物語の主人公、タローです。
ラサからギャンツェまでの道のりは辛かった。未舗装のひどいソロバン道路、乾ききった土ぼこり。ギャンツエにたどり着いたときにはもうすっかり自転車の旅にうんざりしていました。そしてそこで、この二人にまた再会。彼らはバスで先に着いていたんです。そしてなんとアサさんはロバを連れていた。アサさんの案に便乗してぼくも一緒に旅することにしました。そう、このロバがこの物語の主人公、タローです。
チベットの空ドン太飛び行く 4頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.4
チベットまで行って一体何やってたんでしょうね。毎日毎日、朝から晩までセブンブリッジにふけってました。本当はラサからチャンタン高原を西に向かい、カイラス山に寄ってカシュガルに向かおうと思ってたんだけど、旅の始めのストイックな野望はどんどん軟弱になってゆき、やっぱり温かいネパールに向かおう。という気分になっていました。ラサは日本で言えば富士山とほぼ同じくらいの高さ。やっぱ寒かったんです。
ところでラサと言えば思い出すのはとある乞食のおばあさんのこと。
その日ぼくはチャガモ屋さんに入ってチャガモを飲んでいました。チャガモって言うのは、いわゆるミルクティーです。電気もない薄暗い店内には木のテーブルと椅子が並び、チベタンの若い女の子の店員が大きなやかんを持って湯飲みにチャガモを注いで回ります。テーブルの下には野良犬(たぶん)が寝ている。ラサの町では野良犬(たぶん)をたくさん見ました。昼間はたいがい寝ていますが、夜になると活発に走り回って吠え回って、けっこう怖いです。
店にはぼくの他に中国人の客が数名いました。ぼくが一人チャガモを飲んでいると、乞食のおばあさんが店に入ってきました。おばあさんは一人一人の客に物乞いをして歩きます。中国人の客たちは、あるいは無視し、あるいは嫌な顔をしてお金を渡していました。ひととおり物乞いが終わるとおばあさんは席の一つに腰掛け、店員にチャガモを注文すると、ぶら下げていた汚い袋からパンのかけらを取り出し、食べ始めました。
おばあさんはその小さなパンのかけらを少しずつ口に運び、それからまたパンをちぎってテーブルの下の野良犬にも分け与えていました。
誰も顧みることのない野良犬に対して、この店で多分一番貧乏なこのおばあさんだけが優しさを示し、残り少ない自分の食べ物を分け与えているんです。ぼくはその姿を見てとても感動してしまいました。
食事が終わり、おばあさんは店員にお金を払おうとしました。そこでぼくはまたしても感動してしまいました。チベタンの女の子の店員は、にっこり笑ってお金を受け取ろうとはしなかったんです。
なんて美しい人たちなんだろう。
人間って、本来はとても美しいものなんだ。みんなちょっと忙しかったり焦っていたり神経症になってたりしてこの美しさを忘れてしまっているだけなんだ。思い出そう。人間の美しさ。自分の美しさを思い出そう。この美しさをけっして忘れてはいけない。
そう思いました。
チベットまで行って一体何やってたんでしょうね。毎日毎日、朝から晩までセブンブリッジにふけってました。本当はラサからチャンタン高原を西に向かい、カイラス山に寄ってカシュガルに向かおうと思ってたんだけど、旅の始めのストイックな野望はどんどん軟弱になってゆき、やっぱり温かいネパールに向かおう。という気分になっていました。ラサは日本で言えば富士山とほぼ同じくらいの高さ。やっぱ寒かったんです。ところでラサと言えば思い出すのはとある乞食のおばあさんのこと。
その日ぼくはチャガモ屋さんに入ってチャガモを飲んでいました。チャガモって言うのは、いわゆるミルクティーです。電気もない薄暗い店内には木のテーブルと椅子が並び、チベタンの若い女の子の店員が大きなやかんを持って湯飲みにチャガモを注いで回ります。テーブルの下には野良犬(たぶん)が寝ている。ラサの町では野良犬(たぶん)をたくさん見ました。昼間はたいがい寝ていますが、夜になると活発に走り回って吠え回って、けっこう怖いです。
店にはぼくの他に中国人の客が数名いました。ぼくが一人チャガモを飲んでいると、乞食のおばあさんが店に入ってきました。おばあさんは一人一人の客に物乞いをして歩きます。中国人の客たちは、あるいは無視し、あるいは嫌な顔をしてお金を渡していました。ひととおり物乞いが終わるとおばあさんは席の一つに腰掛け、店員にチャガモを注文すると、ぶら下げていた汚い袋からパンのかけらを取り出し、食べ始めました。
おばあさんはその小さなパンのかけらを少しずつ口に運び、それからまたパンをちぎってテーブルの下の野良犬にも分け与えていました。
誰も顧みることのない野良犬に対して、この店で多分一番貧乏なこのおばあさんだけが優しさを示し、残り少ない自分の食べ物を分け与えているんです。ぼくはその姿を見てとても感動してしまいました。
食事が終わり、おばあさんは店員にお金を払おうとしました。そこでぼくはまたしても感動してしまいました。チベタンの女の子の店員は、にっこり笑ってお金を受け取ろうとはしなかったんです。
なんて美しい人たちなんだろう。
人間って、本来はとても美しいものなんだ。みんなちょっと忙しかったり焦っていたり神経症になってたりしてこの美しさを忘れてしまっているだけなんだ。思い出そう。人間の美しさ。自分の美しさを思い出そう。この美しさをけっして忘れてはいけない。
そう思いました。
チベットの空ドン太飛び行く 3頁
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.3
なんとかゴルムドまでたどり着いたんですが(ここまでの行程もいろいろあったんだけど、ここでは省略してます)この先ちゃりんこでタクラマカン砂漠を走るのは命に関わるな、と思い直し、計画をあっさり変更。ゴルムドからルートを南に、チベットの聖都ラサを目指しました。
なんとかゴルムドまでたどり着いたんですが(ここまでの行程もいろいろあったんだけど、ここでは省略してます)この先ちゃりんこでタクラマカン砂漠を走るのは命に関わるな、と思い直し、計画をあっさり変更。ゴルムドからルートを南に、チベットの聖都ラサを目指しました。
チベットの空ドン太飛び行く、2頁
新連載!
チベットの空ドン太飛び行く
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.2
この漫画は、1987年、ぼくが中国を自転車で横断しようとした旅についてのドキュメンタリーです。ぼくはこの旅でタローと出会い、ぼくの代表曲「タロちゃんの歌」もここで生まれました。とても面白い旅だったので友達みんなに知らせようと思い、漫画に描きました。外国人の友達も多かったので、英語で描きました。当初の予定としては、プリントごっこで100部ほど本を自作してみんなに送ろうと思っていたんだけど、その計画が頓挫してから早20年近く。最近になって当時の原稿を発見し、ブログ上にUPしようと思い立ちました。修正添削しつつ、これから徐々に発表していこうと思います。ぼくの書く英語だからそんなに難しくありません。ちょっと読んでみてください。間違ってたらごめんなさい。
という訳で、最初の頁は(なぜか2頁ですが)日本から鑑真号で中国に渡ったところです。自転車旅行、ってことは内緒。当時の中国では非合法ですから。
当初の予定としては、上海からまっすぐ西へ向かって走り続け、西宁からチベット高原に登り、青海湖の脇をかすめてゴルムドへ、それからタクラマカン砂漠を横断し、カシュガルへ。最後はクンジラブ・ダパン。カラコルムの5000mの峠を越えてパキスタンへ。約7600kmのサイクリングです。中国をほとんど東西にまっすぐ横断するルートで、しかも高原あり砂漠あり。ぼくはこの計画がとても気に入ってました。
チベットの空ドン太飛び行く
Flying Donta In The Tibetan Sky vol.2
この漫画は、1987年、ぼくが中国を自転車で横断しようとした旅についてのドキュメンタリーです。ぼくはこの旅でタローと出会い、ぼくの代表曲「タロちゃんの歌」もここで生まれました。とても面白い旅だったので友達みんなに知らせようと思い、漫画に描きました。外国人の友達も多かったので、英語で描きました。当初の予定としては、プリントごっこで100部ほど本を自作してみんなに送ろうと思っていたんだけど、その計画が頓挫してから早20年近く。最近になって当時の原稿を発見し、ブログ上にUPしようと思い立ちました。修正添削しつつ、これから徐々に発表していこうと思います。ぼくの書く英語だからそんなに難しくありません。ちょっと読んでみてください。間違ってたらごめんなさい。
という訳で、最初の頁は(なぜか2頁ですが)日本から鑑真号で中国に渡ったところです。自転車旅行、ってことは内緒。当時の中国では非合法ですから。当初の予定としては、上海からまっすぐ西へ向かって走り続け、西宁からチベット高原に登り、青海湖の脇をかすめてゴルムドへ、それからタクラマカン砂漠を横断し、カシュガルへ。最後はクンジラブ・ダパン。カラコルムの5000mの峠を越えてパキスタンへ。約7600kmのサイクリングです。中国をほとんど東西にまっすぐ横断するルートで、しかも高原あり砂漠あり。ぼくはこの計画がとても気に入ってました。
ウミガメの来る浜帰る海
奄美大島のとある浜でテントを張って暮らしていた時、ある夜、みかんとシロが激しく吠え始めました。あんまり激しく吠えるので僕がテントの外に出てみると、月の無い真っ暗な浜、テントの張り綱の所に何やら大きな岩のような物の影が見えました。「何だ、これ?こんな所に岩なんか有ったかなぁ?と不思議に思っていると、この岩がいきなり「フウーッ!」って大きな息をするんで僕は驚いてしまいました。ウミガメだったんです。ろうそくの灯で照らしてみると、水族館なんかで見たことのあるのよりもっとずっと大きなアカウミガメでした。甲羅の上には五cmくらいのフジツボをのっけていました。ウミガメは僕のテントの張り綱にひっかかって動けずにいました。僕は「こらこら、こんな所に引っ掛かってちゃだめだ!」と言ってそのの重たい身体を押し退けようとすると、彼女はもがいてとりあえず張り綱からは逃れたものの、もう我慢できなかったようで、その場で卵を産みつけるための穴を掘り始めました。ゆっくり、ゆっくりと後ろ足をシャベルの様に動かして、苦しそうにハアハアと息をきらしながら。そして十分深い穴を掘り終ると、卵を産み、また穴をうめ直し、そして海へと帰って行きました。僕は浜辺にしゃがみ込んで、海ヘ帰って行くウミガメの母親を感慨無量で見送りました。「本能」なんて言葉で片付けるには、彼女の行動はあまりにも壮絶で、僕は「神」について想いを巡らせていました。
呼吸を忘れるとき
僕がひそかに師と仰ぐ絵描きのHさんに会ったとき、彼女から聞いたドルフィンスイムの話。アクアラングも着けず、素潜りで波の流れに身を任せ、海中を漂って呼吸すら忘れて水に舞っているとき、水面のドット模様が美しく、とても気持ち良いのだそうです。だけど、呼吸を忘れるってそれ、すごいことなんじゃないの?その話がすごく印象に残っていて、僕は今でも時々夢を見るんです。呼吸を忘れて海の中を漂っている夢。ああ、これが彼女の言っていた呼吸を忘れるってことなのか、なんて思いながら。とてもトテモ気持ち良いんです。やったぁ!僕にもできたぞぉ!って、だけどやっぱり夢なんですけど・・・





